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教育課程の各段階における能力水準は、一定に保つべき。

2010/10/30 7:46 AM  0  
Category: 人財教育論
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「2016年実施の大学入試センター試験より、難易度別に2種類の試験問題を設定」するための検討が始まるという。

「えり好みさえしなければ誰でも大学に入れる『全入時代』が迫り、受験生の学力の幅が広がったことなどから、1回1種類のセンター試験で学力をつかむのが難しくなった」(「センター入試、難易度別に2種類 16年導入を検討」朝日新聞電子版2010年10月25日)ことがその理由となっている。

これまで大学入試では、競争が行なわれることにより、大学入学者が一定の能力水準に達していることをチェックする機能を果たしていた。これにより、大学間による差はあるものの、大学入学者の能力水準は一定に保たれていたのであった。

しかし、少子化による18歳人口の減少により、希望すれば誰でも大学に入れる時代になると、競争がなくなるため、大学入試は、このチェック機能を果たさなくなる。これにより、大学入学者の能力水準が一定ではなく、個々人によって幅がある状態が生み出される。

大学が、18歳段階で一定の能力水準に達していない人を、大学卒業時までに、大学卒業者に求められる能力水準まで高めることは現実的には難しい。したがって、大学入学時点での能力水準の低下は、大学卒業者の能力水準が低下することをも意味している。

大学卒業者の能力の低下は、企業に入る新卒者の能力が低下することを意味する。

一方で、厳しい競争にさらされている現在の企業では、社員一人ひとりが持つ能力の高さがますます求められている。すなわち、大学卒業者の能力と企業で必要とされる能力との間に乖離が見られるようになっているのである。

先日、「労働市場も国際競争にさらされている」という記事を書いたが、そのなかで私は、企業の外国人留学生採用の意欲が高まっていることを論じた。2011年度に外国人留学生を採用した日本企業が、その理由としてもっとも多く上げたのが、「優秀な人材を確保したい」というものであった(『企業に人気の中国人留学生、就職が決まらない日本人学生の「天敵」に―華字紙』)。

すなわち、日本人学生の能力の低下という現実を受けて、能力の高い外国人留学生を採用することにより、企業がその穴埋めをしようとしている姿勢が見出されるのである。

果たして、こうした状況のなかで、センター試験の改革が日本人の能力水準に焦点のみをあてた議論でよいのだろうか?

日本人大学生の能力水準の低下は、企業における「優秀な」外国人留学生の採用増につながる。もし、センター試験が、日本人の能力低下を前提とした改革をするのであれば、それは、日本人大学生の能力水準の低下を進行させ、これまで以上に日本人大学生の就職難を招くであろう。

日本の教育制度は、「年齢=学年」という考えを前提にしてきたが、「労働市場における国際競争」が進むいま、「能力=学年」という教育制度改革が必要であろう。こうすることにより、教育課程における能力水準が一定に保たれ、「労働市場における国際競争」のなかで勝ち抜いていける日本人が育成されるのである。


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